長谷川ゆき

塩竈市港町の一画に、小さな絵本図書館がオープンした。「うみべの文庫」と名づけられたその場所は、全国から贈られた2000冊を超えるたくさんの絵本が並び、読み聞かせなどの場にも使用される。読み聞かせの活動を続けてきた長谷川ゆきさんにとって、まさに活動の拠点。そして、塩竈にまたひとつ本との出会いの場が生まれたのだ。

“みんなのおうちの本棚”いろんな人に体験してほしい

長谷川ゆき「うみべの文庫」を運営する長谷川ゆきさんは、もともとこの場所にあった酒屋の女将さん。もともと本好きの長谷川さんが塩竈市民図書館で絵本の読み聞かせを始めたことがきっかけで、絵本をさらに集めるようになったそうだ。「これまで、さまざまな場所に足を運んで、読み聞かせなどの活動を10年くらい続けてきました。その土地土地でいろんな方にお会いできるのは、とても楽しかったのですが、読み聞かせがイベントの様になってしまうのがすごく残念だなと感じてきました。そこで、もっと日常生活の中に絵本を!!、と思うようになり、「うみべの文庫」ができました。この場所を“みんなのおうちの本棚”の様に思ってもらえればとても嬉しい…。」

そこに置く予定だった絵本は、30年くらい前から、長谷川さんがずっと集めていたもの。それが、2011年3月11日前の日曜日までには817冊までになっていた。その年の夏休みにはオープンしようと思っていた矢先の震災だった。

「うちは酒屋だったの。それで、酒瓶などが置かれていた棚に本を並べていたんです。それが、津波で流されてしまって、たった2冊しか残らなかったんです。これは、ちょうど3月12日に行う予定だったおはなし会で読む本を、練習しようと思って持っていた本でした。「ラブ・ユー・フォーエバー」っていう本と、「やんちゃももたろう」っていう本。その2冊だけが無事で、家の一階にあったものは全部なくなったんです。本はもちろんピアノも何もかも」

人との出会い、人とのつながりが自分の夢を後押ししてくれた

長谷川ゆき自宅が被害を受けた後、長谷川さんは避難所暮らしを余儀なくされるが、そこでの出会いもまた、長谷川さんが読み聞かせを始めたときのような、きっかけになるような偶然の出会いだったそうだ。

避難所にいた頃に、同室の方々とお互いの活動を支え合おう!という話になって。その中のひとりがある高校の先生でした。先生といろいろな話をしていくうちに、先生のお友達のウェブサイトを通じて、絵本集めを呼びかけてくれるということになったの。本当にありがたいと思いました。

思い返すと、避難所生活も「それはそれで楽しかったわ(笑)」と長谷川さんはいう。「どんな状況でも、全部がずっとつらかった、っていうわけじゃなくってね。楽しいこともあったし、そんな時だからつながった方もいるわけだから。避難所で周りの方々に支えられ、みんなで協力した時間が過ごせた、っていうことは、すごく勉強になったと思います」

震災は悪夢だったけれど新しいスタート地点でもあった

長谷川ゆきその後、自宅に戻った長谷川さん。次々に送られてくる本の数にビックリしたそうである。

「小川先生のお友達が呼びかけてくれたおかげで本がたくさん届くようになりました。また、読み聞かせでいろんな場所へ訪ね歩いたところからも届いたりして、だんだんと本が増えていき、現在では2000冊を超えるまでになったんです」。

その後、9月に塩竈を襲った台風の影響で、家が床上浸水。せっかく集まった本が、また濡れてしまうはめになるが、それでもドライヤーやアイロンを駆使し修復にあたった。そういう作業と並行して、塩竈よりもっと大変な被災地を週3回くらいのペースで訪れていた長谷川さん。その最中、こともあろうに、交通事故に巻き込まれ怪我で入院をしてしまう「本当は、ちょうど一年後の3月11日に図書館をオープンさせようって思ってたのですが、夏休みにも間に合わなかったんです」そういういろんなことを乗り越えて、うみべの文庫がオープンを迎えたのは2012年11月13日。実に震災から約1年8ヶ月めのことだった。

長谷川さんは、震災こそ新たな始まりだったんだと、今までを振り返ってしみじみ感じるという。「あの日からいろいろなことがスタートしました。本をたくさん送っていただいたことが、すごく力になったし、精神的にも支えて頂きました。今回オープンできて、すごくほっとしています。震災時は、開館するのに、また10年も20年もかかっちゃうんじゃないかって思ったこともありましたが、2年かからないうちにオープンできたことは本当に地元の皆さん、全国の皆さんに感謝しています」

この場所、そして塩竈を通じてやっていきたいことがたくさんある

長谷川ゆき長谷川さんの友人には、現代アートをやっている方、文学、音楽に親しんでいる方が多く、うみべの文庫の一部をギャラリーのように使ってもらうことも考えている。「1階の他のスペースを朗読劇や演奏の練習場所にしたり、子どもたちとのワークショップもできる場所にしたいと思っています。公的な場所ではないし、制限も特にはないので、いろんなことをやっていきたいですね。夜中の怪談とか(笑)、大人だけの夜の絵本の朗読会とかね。ワインを飲みながらなんていうのもいいわね(笑)。子どもだけではなく、大人の方々にも利用してほしいなって思います」

うみべの文庫は、私立で自由であるけれど、『子ども達と本をつなぐ』という根っこの部分はしっかり守っていきたいという。「楽しい企画も取り込みながら、絵本というベースは保ちつつ、ここが“本との出会いの場””人との出会いの場”になってくれるといいですね。いろんな作家さんも新刊を持って訪ねてくれ応援して頂いています。“ありがたいなぁ”という感謝の気持ちとずうっと一緒に地道な活動をしていきたいと思っています」

text:落合次郎 photo:大江玲司 取材日:2012年11月27日

プロフィール

長谷川ゆき
  • 長谷川ゆき(はせがわ ゆき)
  • 塩釜の小さなえほん図書館
    日本全国、海外からも届いたとびきりの絵本をはじめ児童文学・自然科学・昔話・伝記・詩集など約2000冊のこどもの本をご用意しています。
  • 文庫とは?
    自宅の一室をこども達に開放し、自由にゆっくり本を楽しんでもらう活動です。仙台には十数カ所あるようだが、塩竈には現在開館しているところはない。絵本読み聞かせ、本の貸し出しのほか様々なイベントも企画中。
  • うみべの文庫
  • 住所:塩竈市港町2-6-16
  • JR仙石線 本塩釜駅から徒歩10分 花まる弁当さんとなり
  • TEL:090-9537-8904
  • 駐車場:なし
  • 開館案内:毎週火・土曜日 午後1時~5時
  • 入館料:無料
  • ※はじめに簡単な登録が必要です。