菊池千尋

明治時代初期に建てられたという旅館の建物の1階に、2016年、小粋なたたずまいのカフェがオープンした。店に入ると笑顔で迎えてくれる着物姿の女性が、店主の菊池千尋さんだ。

築140年超の建物をカフェに活用

菊池千尋塩竈市本町のほぼ中央、御釜神社の真向かいでクラシカルな存在感を放つ「旧ゑびや旅館」。明治時代初期に建てられ、旅館閉店後には茶舗として使われたこの古建築の1階で「カフェ はれま」は営業している。

太い柱や梁が柔らかな光沢を放つ店内には木の手ざわりが優しいテーブルや椅子が配され、本町の町並みを眺めながらゆったりとした時間を過ごすことができる。飲み物や食事メニューのほか、塩竈市内の菓子店が作る甘味を楽しめるのもこの店の特徴だ。

塩竈にある、おいしいお菓子のお店を知ってもらうきっかけになればいいですね。当店でお茶とお菓子を楽しんで、そのままお菓子屋さんに向かうお客さんも多いですよ」と菊池さん。さらに店内には、菊池さんも企画・制作に関わる「鹽竈桜ストラップ」などの手軽な塩竈みやげや、自ら選んだ手づくりの小物なども並ぶ。

塩竈には面白い歴史や文化が蓄積している

菊池千尋菊池さんは塩竈市の隣町、多賀城市に生まれ育ち、多賀城市内で就職。30代の頃から塩竈市内で暮らし始め、2010年の暮れに50歳で退職した。

「住んではいたものの、正直、塩竈という町にそれほど興味はなかったんです」そう話す菊池さんだが、東日本大震災後、被災住居の片付け作業に参加したことが転機になった。

「かつて海産物仲卸商であったというそのお宅は、家のそばの港に付けた船から直接魚を運び込めるような構造になっていたんです。とても驚きました。そして、塩竈という町にはもっと面白い歴史や文化が蓄積しているんじゃないかって思ったんです」

2012年、老朽化した「旧ゑびや旅館」を解体の危機から守る運動が起きた。塩竈の文化に関心を強めていた菊池さんは同館の「お掃除会」に毎回参加した。解体を免れた建物の利用法を話し合う場にも積極的に関わり、建物の所有者になったNPOに一階をカフェとして活用することを提案「カフェ はれま」の店長を任されることになった。

「この建物を大事にする活動に携わってきたから、建物のことはよくわかっているつもりです。私が店にいるからこそ、お客さんにもこの建物の歴史をちゃんと伝えられる。何より、愛着のある建物でお店をやれるというのはありがたかったです

元「よそ者」が町中につくる「はれま」

菊池千尋2014年から翌年にかけて不定期で何度か営業し、2016年1月、正式に「カフェ はれま」はオープンを迎えた。菊池さんはその頃を振り返る。

「塩竈で生まれ育ったわけではない私は、やはりよそ者なんだな、ということを時々感じましたね。周りの人が遠巻きに様子を見ているような感覚がありました」。そこで菊池さんは以前から好きだった着物での仕事を始めることにした。カフェでの接客時も、外部に挨拶に行く時も、常に着物。町の人には「あの店の着物の女性」として覚えてもらえるようになった。

「町のみなさんが少しずつ気にかけてくれるようになりましたね」。2016年の7月からはカフェの経営体制が変わり、以前に比べて自分の思いを形にしやすくなったという菊池さん。

「近所のお年寄りが気軽に立ち寄って憩えるような場所でありたい。でもそれと同時に、市内外のアーティストが共同でイベントを開催できるような場にもしたい。塩竈の文化を改めて発信しながら、文化の融合を図れるような、オープンな場として活用できると思うんです」町にさまざまな光が射し込むような「はれま」づくりを菊池さんは目指しているのだ。

text:加藤貴伸 photo:大江玲司 取材日:2017年4月26日

プロフィール

菊池千尋
  • 菊池 千尋(きくち ちひろ)
  • 1960年宮城県多賀城市生まれ。塩竈のお土産を企画・販売する「株式会社ハレノヒ」の経営に携わりながら、「カフェ はれま」を営む。
  • 【店舗情報】
    カフェ はれま
    住所:塩竈市本町3-9 旧ゑびや旅館
    営業時間:11:00〜17:00(L.O.)
    定休日:水曜・木曜、ほか不定休あり