及川文男

名前に“塩”がつくほど、塩づくりが盛んだった塩竈。その原点に立ち返り、塩づくりを通して新たな街づくりを立ち上げた人たちがいる。「海で生きてきた自分たちが、海から逃げるわけにはいかない」。あくまでも海とともに生きる決心をし、震災を乗り越えようとする男たちの熱い思いを、顔晴れ塩竈の代表、及川文男さんに伺いました。

海の者が山へ行って仕事はできないだから、海から逃げることはない

及川文男『塩竈』という地名は昔から塩づくりがさかんだったことに由来しているのはご存知でしょう。“塩の聖地”と言ってもいいほど、製塩法を伝えたとされる神「鹽土老翁神」を祀る、鹽竃神社の末社・御釜神社では、現在も古代製塩の神事「藻塩焼神事」が行われています。その昔からの製法を踏襲するかたちで塩づくりを行っている「顔晴れ塩竈」の統括を務める及川文男さんは、海のことや港のことを伝える人間が山の上で伝えるわけにはいかないといいます。

「塩竈は海の街であり観光の街。海のにおいを感じながら、そこを訪れた人が我々と同じ気持ちになって、海を感じて帰っていく、そういう場所です。震災前から「この塩づくりの工房も手狭になったので、塩竈の中心に施設をつくるのはどうですか?」と話したら、みなさん「いいですね」と言ってくれました。必ず私は海のそばでなければいけないと考えています。いっそのこと、海の真ん中を埋め立てでもして、そこでやるくらいの気持ちがないと、きちんとしたものはできないと思っています

塩竈には“塩”というお宝がある

及川文男合同会社顔晴れ塩竈』は、5年前に地元の若者たちと今の塩竈には何が足りないのか、何が必要なのか、を話し合う機会があった時に“塩竈は塩づくりの聖地”とされながら、それがアピールできていない」という話になり、「塩」をテーマにした街づくり、地域活性化につなげていこうと立ち上げられた会社です。2年ほど前からはきちんとした工房をかまえ量産体制を行なっています。「どこにでもふるさとには埋もれている“お宝”というものがあるものです。身近に埋もれているそういう素材を掘り起こして、街づくりや地域活性化のために活かしていくべきなのではないかと考えます。

塩づくりの聖地”それを核とした食文化は増えつつあります。お寿司屋さんがネタの上に塩を乗せたり。また、塩竈は昔からお菓子屋さんが多く、近年では洋菓子屋さんがスイーツにも塩をとりいれたりと、少しずつ広がりをみせています。これらを一堂に会して“塩のつながり”で街おこしをしたい。それが、及川さんの夢でもあります。「そのためには、塩竈の中心に“塩竈に来ればすべてがわかりますよ”という施設が必要なんです。それが今ないんですよ。この塩の工房ともども、その施設に移して“塩のミュージアム”のような、塩竈の観光や歴史を語る場所・学ぶ場所をつくりたいと考えています」。

塩づくりという歴史ある事業を通して、本来の活気ある塩竈を取り戻したい

及川文男現在「顔晴れ塩竈」は8名の役員や株主がいで、一人1万円、計8万円の資本金で会社を設立。及川さん自身も75年の歴史がある水産加工業を本業としています。「今後は、資金的なことがいちばんの問題です。我々のやっている塩づくりという“物語”は、塩竈市民、宮城県民、日本の方々に少しずつ認められてきていますが、いかんせん、資金がありません。オーナー制でも、ファンド制でもいいです。みなさまのお力をいただいて、我々の志、想いをその施設で伝えたいと考えています」

また、及川さんは本当は塩竈の市民の方にバックアップしてもらいたいとも思っているようです。「塩竈の市民からいただいたカンパで施設をつくりたいんです。カンパというのは、お金だけじゃなくて気持ちもそこに乗っているものだからなんですよね。塩竈市民の方は、県外にも親戚や兄弟がいます。そういった方々が塩竈を訪れた時に宣伝してくれる営業マンにもなってくれると思うんですよ。そうなると、こんなに力強いパートナーはいませんからね」

今現在「顔晴れ塩竈」は民間が運営する会社ですが、塩づくりという歴史ある事業を後世に残していかなければならないと考えた場合、何らかの事情で廃業になる危険性を回避しなければならない。そのためには、国や地方公共団体、そして民間が合同で出資する第三セクターの形態が望ましいと及川さんは考えています。

「公的なものであれば、誰でもそこに参画して勤めることもできます。また、リーダーになって後世にその流れを押し進める人も出てくるでしょう。震災以前よりも、もっとすばらしい街づくりを進めるためには必要なことだと思います。また、復興のための町づくりもスピード感が大切だと思います。街そのものが沈んでしまう前に、思い切った事業を展開させて、地域に力を与え、塩竈のみならず、日本の国力の復興につなげていって欲しいと思っています

text:落合次郎 photo:大江玲司 取材日:2011年6月28日

プロフィール

及川文男
  • 及川 文男(おいかわ ふみお)
  • 合同会社 顔晴れ塩竈
  • 塩竈市出身。市内の水産加工業「丸ヲ及川商店」を営みながら、顔晴れ塩竈の総括社員を兼務。震災で工房も被災。竈と神棚しか残らなかったが、66日ぶりに再開した。
  • 住所:塩竈市港町二丁目15-9
  • 電話:022-367-6539