ひが栞

震災体験を4コママンガとエッセーにまとめた『生き残ってました・地震の心得』は、塩竈在住の主婦で漫画家でもあるひが栞さんが、震災直後から自身のブログで書き溜めていたものを書籍化したものだ。「なんでもない普通の主婦」の目線で描かれたマンガだからこそ、本当に大切な防災の心得が学べるのかもしれない。

当日は娘の中学の卒業式。あの日の記憶は鮮明に残っている。

ひが栞震災当日は上の娘の中学の卒業式だったんです」ひが栞さんは、現在、高校生と中学生の2人の娘さんを持つ母親。函館からこの塩竈に嫁ぎ主婦業の傍ら、漫画家としても活躍。雑誌などにも連載する一方で、「連載の仕事とは別に、自分の子育てをマンガに描いていたんです。子供の成長は早くって、それを忘れないように日記みたいな感覚で。それを4コママンガにしたらすごく楽しくて、ハマってしまったんです」その子育てマンガは、同人誌で発表し、ブログでもじわじわとファンをひろげつつあった。

2011年3月11日は、長女の中学校の卒業式だった。ひがさんは、卒業式を終え長女と一緒に帰宅。遅い昼食をとろうとしたときの地震だった。「その時は何が起きたのかわからなかったんです。机の下にもぐって、ものすごい物音の中で『もしかしたら死ぬのかもしれない』とまで思いました」その後、次女とも無事会うことができ、避難所で一夜を過ごした。その日を振り返りひがさんは「避難所で、どこか客観的に物事を見ている自分がいました。だから、非常に鮮明に記憶が残っているんです」

震災後、4日目で電気が復旧。パソコンを立ち上げたときに、ブログの読者からの『何でもいいから更新してください』というコメントが入っていたそうだ。「そこで、鉛筆で小学生が書くようなイラストを描き、『生き残ってました』『3日間なんとか生活していました』と載せたんです」そこが、今回の出版のスタートだった。

普通の主婦の被災体験をきっちりと伝えたかった。

ひが栞 生き残ってました『生き残ってました』は震災やその後の暮らしを4コママンガで表現し、これから同じような災害があったときのために、ひがさんが気づいた教訓を掲載しているもの「震災後って、すごく悲惨な映像がテレビでひっきりなしに流れていましたよね。私は、もっと気持ち的に落ち着けるようなことができないだろうかと思ったんです。このような震災に逢い、避難所に泊まり、水や食料の確保に右往左往したりする、私みたいな普通の主婦の体験を少しでも伝えたいと思うようになったんです」その被災状況をひがさんはブログで描き始める。それが、編集者の目に留まり今回の出版に結びついたのだ。

「当時、テレビも報道ばかりでCMも決まりきったものばかり。塩竈では本屋さんもなくなったし娯楽という娯楽がすっかりなくなってしまっていました。だから読後感の悪くないもので心を落ち着かせてもらいたいと思ったんです。こういう体験談を4コママンガにするのは不謹慎かとは思い葛藤はありましたが・・・」。

しかし、被災者自身でも忘れてしまいがちになる経験を、すごくつらい風にストレートに表現するのではなく、語り継いでいけるくらいの感覚で伝えていけるスタンスも必要だ。この本は、まさに一家に一冊、子どもや孫も気楽に読める教訓本として読み続けられていくような気がする。

あの時も乗り越えられたから、どんなことも大丈夫って思ってほしい。

ひが栞 生き残ってましたページ内私の本は4コママンガとエッセーが一緒になっているので、マンガだけが好きな人も読めるし、文字が好きな人も読めると思うんです。いろんな人に読んでほしいです。また、塩竈は海沿いだったにもかかわらず、石巻のような大きな被害がなかった。その理由を塩竈市の方にお聞きしたのですが、どうやら避難が徹底されていたからなのだそうです。海に囲まれた浦戸諸島でも犠牲者は2人だけだったと聞いています。そういう意識や行動のちょっとした差で生死が分かれてしまうんだなと思いました。

震災の経験を、あの時どうだったかなと思い出したり、現実がちょっと苦しくなったりした時に、『あの時、乗り越えられたんだから、大丈夫だよな』って思ってもらえる、そういう本になれたらいいなと思っています。4コママンガにしたのも茶化すつもりは全然なくて、悲惨な出来事をむしろポジティブな方向に変えていこうと思ったんです。こういう状況でも、見方ひとつで変えていける。振り返ったときに、あんな体験すごかったね、って。それは経験した人たちだけが分かち合える事なのかどうかはわからないけれど、ほんとになんか、読んでいてすっと入ってきて、思い起こす。そんなきっかけ作りの本になってほしいですね」

これからもこの塩竈で暮らし、日常や復興の姿を描いていきたい。

ひが栞 生き残ってましたページ内小さな港町の小さな漫画家が、そのままの等身大の自分の体験をつづっただけですが、それなりのリアルなことだと思うんです。とにかく共感を持ったり、面白いなとか思ってもらえる人がどんどん増えてくれるとうれしいですね。そして、同じような主婦の方などが、漫画を描きたいなとかとか思ってくれたらもっとうれしいんです」。

現在、塩竈市内には書店が2軒しかない。そのうちの一軒、本塩釜駅前にある嶋屋書店は、震災前から連載していた車雑誌を置いてもらったり、お世話になった書店さんだという。「嶋屋さんは、場所が場所だけに再開は難しいかもと心配していたんですが、とても早く復活してくれたので、すごいなと感激しました。

『奇蹟の本屋さん』と呼んでいるんです。そういう小さな奇蹟が塩竈にもっとたくさんあるのかなと思いますね

text:落合次郎 取材日:2012年11月29日

プロフィール

ひが栞
  • ひが栞(ひがしおり)
  • 漫画家。北海道函館市生まれ。結婚を機に宮城県塩竈市に移住。現在は、高校1年生と中学生(2012年3月現在)の娘ふたりと同市に住む。夫は貨物船の航海士。車雑誌『MINI PLUS』(グラフィス)、「みやぎ県政だより」(宮城県)、「広報しおがま」(塩竈市)などに4コマまんがやイラストを描く。アメーバーブログ「ひが栞のテーマ」を配信中。JEUGIAカルチャーセンターイオン石巻のまんが講座の講師も努める。『生き残ってました ・地震の心得』は東日本大震災の被災体験を綴った自身初の著作本である
  • 公式サイト:http://ameblo.jp/turedurebrog/
  • クラシオトップページに連載中(月に1回):https://kurashio.jp/