鬼房小径

戦後を代表とする塩竈ゆかりの俳人・佐藤鬼房の句を刻んだ石碑が、鹽竈神社の鎮座する一森山の西側、北浜沢乙線の一画に並んでいます。鬼房が好んだ北天の星座“小熊座七つ星”の間隔を正確に復元して配置しており、石碑には丸森石(伊達冠石)が使われています。

先人が残した文化を現代の塩竈に伝えるため。

鬼房小径塩竈では若者たちが演劇や彫刻などの展覧会などを通して“塩竈をかっこよく見せる”活動を行っていました。鬼房氏の一番弟子である渡辺誠一郎さんもその一人です。その渡辺さんに鬼房小径を案内してもらいました。

「塩竈の文化を紹介するのに、いろいろな活動をしていましたが、突然市の公園担当者からアイデアを求められました。それがこの「鬼房小径」の企画でした。鬼房の直筆で書かれた句の中からこの場所にふさわしい俳句を選び抜いて置いています。自然石も17個なのは俳句が17文字だから。鬼房の俳句の世界を表現する場なので、どうせ作るならば何か心を宿わせないといけない。鬼房が「小熊座」という雑誌を作っていました。だから石の配置も星座の小熊座のカタチにしたんです。きれいだけではダメなんです。作り手の魂が入っていないとね。

将来何千年もしたらこの土地も土で埋まってしまいます。その時、発掘されたとしたら、「もしかしたらこれは小熊座の配置なのでは?」と推測する。そう考えただけでもワクワクしますよね。ロマンチックでしょ(笑)

鬼房との出会い

僕はもともと俳句ではなく、同人で現代詩をやっていました。1987年(昭和61年)に塩竈には佐藤鬼房さんと書家の青木喜山さんという人がいました。青木さんは“一の蔵”のラベルを書いた人でもあります。

俳人というのは色紙や短冊に俳句を書くという文化があるので、鬼房氏と青木氏の二人展をやろうと企画したわけです。その時に鬼房氏と会ったところ、短歌や俳句、寺山修司などの話で盛り上がり、俳句をやってみないかと誘われたのが僕と俳句の出会いでした。

鬼房さんはこんな人

鬼房小径鬼房さんはけっこう気難しい人でした。顔もちょぴり怖いですし(笑)。ある時、東京から有名な俳人がアポなしで鬼房を訪ねてきた時、玄関先に立っているにもかかわらず庭いじりをしていた鬼房氏は「いま、忙しくて会いたくない」と言って会わなかったとか(笑)。電話も嫌いでいっさい出ないしね。もちろん、親しい人にはそんなことはないですが、根は非常にやさしくまじめなかたでした。

「鬼房小径」散歩

鬼房小径ちなみに渡辺さんが一番好きな鬼房氏の句は<切株があり愚直の斧があり>だそう。「この句には季節の言葉が入っていない無季俳句というものです。斧というのはただ木をひたすらに切ること以外には存在しないもの。まさに愚直です。それは、鬼房自身のことを言っているんですね。俳句に誠実に向き合う姿勢が重なります。そういう自らの存在、そして生き方を切株と斧に託したんです。これは戦後の名句といわれています。また、小径にある石碑は、この形に作った石ではなく、切株に似ているものをわざわざ探してきた石なんですよ」

<蛟龍(こうりゅう)よ塩竈の月とくと見よ>

蛟龍とは若い龍のこと。若者よ、ほかの事をチャラチャラ見るのもいいけれど、自分の足元をまずしっかりと見なさいよという意味。仙台や東京などを知ることも大事だが、塩竈の人はまず塩竈のことを知ろう。それは、すなわち自分自身を知ること。塩竈のいいところや悪いところを受け止めて、自分のアイデンティティを確立し、こういう生き方をするぞと若者だからこそ考えなければならない。そう実行してほしいと願いを込めた一句です。

<半夏の雨塩竈夜景母のごと>

半夏は季節を表す言葉。夏の雨の日、塩竈の夜景が海を抱く姿で母親のようにやさしげな印象だと詠った句。

<しどみ咲く頃の幻少年紀>

この石碑の後ろにしどみの木が植えられています。赤坂あたりは鬼房が少年期に過ごした場所。大人になってからしどみを見ると、少年時代がよみがえってくるんだろうね。俺の子供時代はもはや幻のようになってしまったと…。まさに塩竈での思い出、塩竈の句だよね。

<父の日の青空はあり山椒の木>

鬼房さんは6歳の頃に父親を亡くしています。小さい頃の父親の印象と山椒の木がオーバーラップすることがあるのではなかったか、と考えます。鬼房小径あたりでいっしょに散歩でもしたのではないでしょうか。

<姥杉の樹齢や緑雨こまやかに>

姥杉はおばあさんの杉の木のこと。緑雨は夏の季語で、しとしとと降る夏の雨のことです。
弱っているおばあさん杉を木々の緑に潤いを与え、やさしく元気にしてあげているイメージの句ですね。

<夕霞小狐ならば呼びとめん>

江戸時代、鹽竈神社の石段の下あたりに女郎屋が立ち並んでまして、仙台から多くのお侍さんがお参りといっては遊びに来ていました。女性というのは良くも悪くも狐なわけですよ(笑)どうしてもかわいい小狐だと呼び止めたくなってしまうんでしょうね。

鬼房小径

  • 鬼房小径 月見石
    月見石
    <蛟龍の~>石碑の前にある小さい石。へこんだ部分に水がたまると龍の姿になる。そこに月が映ると“龍と月”になるってわけ。日本人は古来、水に映る月を愛でるという文化がありましたからね。
  • 鬼房小径 のぞき石
    のぞき石
    <夕霞~>の石碑の前に立つ二つの穴の開いた石。この穴をのぞくと<夕霞~>の石碑の書面が見える。この位置に置くのは石屋さんが苦労したんですよ。
  • 鬼房小径 月舟石
    月舟石
    鬼房氏はすでに亡くなっているけど、ここを訪れてくれた人に会いにくるかもしれない。その時に鬼房氏が天から降りてくる乗り物がこの月の舟の石なんです。

渡辺流・俳句の楽しみ方

俳句の基本は、17文字という文字制限と季語を入れるということだけ。日本人ならなじみのあるリズムだからそれに当てはめていけばおのずと俳句になると思います。また、名句といわれるものを読むことも大事。芭蕉の「おくの細道」などは、フィクションなのだけれど松島や平泉などが登場するので、現実とフィクションの世界をイメージで行き来したり、現実の場所に出向いて楽しむこともできるんですよ。俳句をやっているとまずイマジネーションが膨らみますし、季節にも敏感になります。そうそう、名句が出来るとお酒も美味しくなりますよ(笑)俳人は句会が終わるとよくお酒を飲むんです(笑)。


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Text:落合次郎 Photo:大江玲司 取材日:2011年11月29日