2022年夏、塩竈市杉村惇美術館で、塩竈市出身の鈴木史さんの個展「Miss. Arkadin」が開催された(※1)。自身の「私」をさらけ出し、見る者のジェンダー観に深く切り込むこの展示に込めた思いを鈴木さんに聞いた。
作家自身を観察の対象にする
展示のタイトル「Miss. Arkadin」は、1955年制作の映画『アーカディン/秘密調査報告書』にちなんだもの。同作中で権力者ミスター・アーカディンが他者に自分自身の調査を依頼したことになぞらえ、鈴木さんが自身について鑑賞者に調査させる設定となっている。鑑賞者は箱の中に流れる映像をのぞき穴から見る「都会の女」や、フロアに無造作風に置かれたゴミ「女のゴミ」、そのゴミについ鈴木さんが他の誰かと話す場面の映像「女らしく見えるゴミ」を通じ、調査対象者(鈴木さん)の私生活を垣間見る。観察を通じて鑑賞者は、対象者の性別を強く意識させられ、さらには、床に置かれたゴミに「どちらかの」性別を感じている自分自身に気付くこととなる。
「女のゴミ」の下にはアルミホイルが敷かれ、ゴミの上には透明なビニールシートが被せられている。
「鑑賞者がゴミを覗き込めばアルミホイルに鑑賞者自身の影が映り、鑑賞者が動けばビニールシートの反射の具合も変化します」と鈴木さん。対象者を観察しているはずの鑑賞者は、否応なく、自分の存在を意識させられることになるのだ。
自分以外の誰かの存在を意識する
展示室内には、さらに特別に仕切られた空間が設えられている。10分ほどの映画2本の上映を中心とした空間作品「祈ることは思考すること」だ。スクリーンに繰り返し流れる映像の中で鈴木さんは、トランスジェンダー女性(※2)として生きる自身の日常を描写する。
自らの属性や経験をさらけ出すことになるこれらの映像について鈴木さんは言う。
「マイノリティとされる人たちの生きづらさは声になりにくいのです。それを言葉にしてしまうことで周囲との関係性が壊れてしまうことを当事者たちが恐れているから。でもその一方で私は、自分のためにも社会のためにも、言わなければいけない、とも思います。映画づくりを自分の制作の中心に置いている私にとって、映画の中でそれを表現することは自然なことと言えます」
鑑賞者が一人で箱を覗いて映像を見る「都会の女」に対し、「祈ることは思考すること」は複数人で一緒に見ることができるスタイルとなっている。会場内には鈴木さんが「私の分身」と位置づける造花が置かれている。
「この世界には自分以外の他者がいて、それぞれに物事に対するまなざしが違う。そのことを意識しながら、映画を見てほしいです」
この町の人にも、伝わってほしい
鈴木さんは最後に、故郷・塩竈での開催となった今回の個展に込めた思いを率直に話してくれた。
「自分とは異質なものを受け入れるのは難しいこと。それでも、私のような人が普通にいるということをこの町の人にもわかってほしいし、私が表現することで楽になる人もきっといると思う。一見、綺麗なアートではないかもしれないし、異物との出会いになるかもしれないけれど、何かを感じてもらえたらうれしいです」
<脚注>
※1 同館の「若手アーティスト支援プログラムVoyage2022」の企画として開催された2つの個展のうちの1つ。
※2 出生時に男子とされたが、女性としての性自認をもつ人。
Text:加藤貴伸 Photo:大江玲司 取材日:2022年7月16日
プロフィール
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- 鈴木史(すずき ふみ/Fumi Suzuki)
- 映画監督・美術家・文筆家。1988年宮城県塩竈市出身。映画美学校フィクションコース修了後、映画美術スタッフとしての活動を経て、東京藝術大学大学院映像研究科映画専攻監督領域修了。現在は、映画の制作だけでなく、インスタレーション作品も発表しており、映画と美術のフィールドを横断しながら活動。映画評の執筆も行っている。
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