大久保雅基

2021年夏、塩竈市杉村惇美術館の若手アーティスト支援プログラム「Voyage」で、コンピューターや機械を用いる「電子音楽」を専門とする作曲家・大久保雅基さんの作品が展示された。大久保さんに、作品について聞いた。

「音」が形作る「土地の情景」

大久保雅基「Voyage」の展示空間に大久保さんは、いくつかのディスプレイ、サーキュレーター、風鈴、コロナウイルス感染防止のためのビニールシート、除菌用アルコールなどを配した。室内にはサーキュレーターや風鈴の音のほか、コロナウイルス感染予防を呼びかけるアナウンス、コンピューターが発する電子音などさまざまな音が、規則的とも不規則とも思えるタイミングで流れる。

この作品について大久保さんは次のように説明する。
「鳥の声や風の音、車の走行音、水が流れる音など、それぞれの土地や場所の情景を形作る音全体を『サウンドスケープ』といいます。今回の作品は、塩竈という土地の『サウンドスケープ』と、新型コロナウイルス感染拡大によって生まれた『サウンドスケープ』を素材とし、視覚的な要素も加えた音楽作品として制作しました」

鹽竈神社を模した展示空間

大久保雅基この展示は、鹽竈神社を参照して構成されている。鑑賞者は入口(鳥居)から展示室に入るとアルコールディスペンサー(手水舎)で手を清め、灯篭を模したサーキュレーターの間の参道を通り、右宮、左宮、別宮、末社をイメージしたディスプレイに参拝することになる。ディスプレイと参拝者を隔てるビニールシートは拝殿を、入口近くに吊るされた風鈴は舞殿を表す。

サーキュレーターの動作はディスプレイに映されたコンピューターシミュレーションによって制御される。さらに、サーキュレーターの風を受けた風鈴の動きはカメラで撮影されてコンピューターで処理され、他のコンピューターシミュレーションの動きを左右する。このような展示物どうしの相互作用を大久保さんは「神々の交信」と位置づける。

また、風鈴の揺れは舞殿で上演される神楽の舞を、その音は笛の音をイメージしたものとなっており、コンピューターが発する電子音は太鼓の音を、ウイルス対策を呼びかけるアナウンスはお囃子を表す。

このように、物と音の空間的・時間的な配置によって、鹽竈神社の情景をイメージした展示空間が作られているのだ。

天災を鎮める「神域」を表現

大久保雅基今回の展示室に作り上げた空間を大久保さんは「東日本大震災や新型コロナウイルスの蔓延のような天災を鎮めるための神域」と表現する。作品のモデルとして鹽竈神社を選んだのも、大久保さんが同神社を「塩竈市民の心の拠り所」であると考えたからだ。また、展示室内のディスプレイに映し出されているコンピューターシミュレーションは、独自の摂理で動き続ける自然を比喩したものだという。

今回の作品に込めた思いについて大久保さんは次のように話す。
「天災を『鎮める』というのは神秘的な意味に限りません。僕はこの作品を、震災を風化させず、自然現象を理解し、次の天災に対する防災意識を持つための場所として作りました。そのような場所や機会を作ることは、これからのアーティストの重要な役割だと思うんです」

text&photo:加藤貴伸  取材日:2021年7月20日

プロフィール

大久保雅基
  • 大久保雅基(作曲家)
  • 作曲家。1988年宮城県仙台市出身。洗足学園音楽大学音楽・音響デザインコースを成績優秀者として卒業。情報科学芸術大学院大学[IAMAS]メディア表現研究科修士課程修了。名古屋芸術大学、愛知淑徳大学、相愛大学非常勤講師。
  • 【主な活動】
  • Contemporary Computer Music Concert 2010,2013〜2019出演。
  • Festival Futura 2010、関西・アクースマティック・アート・フェスティバル 2011〜 2013、富士電子音響芸術祭 2013, 2014、サラマンカホール電子音響音楽祭(2015)等で作品を上演。
  • 【受賞】
  • Contemporary Computer Music ConcertにてACSM116賞(2010/東京)
  • Wired Creative Hack Award 2019にてSony特別賞
  • 【ホームページ】
  • https://motokiohkubo.net/