佐竹真紀子

東日本大震災後10年の節目となった2021年夏、塩竈市杉村惇美術館の若手アーティスト支援プログラム「Voyage」に、被災地でのリサーチをもとにした絵画と文章が展示された。作品を制作したのは美術作家の佐竹真紀子さんだ。

過去と現在が画面上でひとつになる

佐竹真紀子佐竹さんは東日本大震災の数年後、仙台市などの被災地域に通い、現地の人の話やそこで見た風景をもとに絵画作品を制作するようになった。この制作スタイルについて佐竹さんはこう話す。

土地の人の記憶には、震災でなくなってしまったものも含め、いま私が見ている風景とは異なる風景が蓄積されています。だから人々の話を聞いていると、過去と現在が混ぜこぜになる瞬間があるんです。私は、画面の上になら、同じ場所の別の時間を同居させることができると思いました」

塩竈周辺を歩き、話を聞いた

佐竹真紀子2021年夏のVoyageへの展示が決まると、佐竹さんは塩竈周辺でのリサーチを開始し、そこで得た情報や感覚をもとに絵を描いた。今回の展示作品のほとんどが、展示前の数ヶ月間に描かれたものだ。

たとえば今回の展示の中で最大サイズの絵画「帰海」は、野々島の浜で出会った男性の話に着想を得ている。

「子供の頃からその浜で遊んでいたというその男性は、戦死したと思っていた父親が終戦後にその浜に帰ってきた、という話をしてくれました。そのとき私は、この地域には海との『行き来』があるんだということをあらためて感じたんです」と佐竹さん。

「帰海」に描かれた海や島や浜が現実のどの場所であるのかを明示する要素は画面上にはほとんどない。だからこそ鑑賞者は、自分にとっての海を思い浮かべ、海との「行き来」を感じることができる。

受け取ったイメージの色を重ねる

佐竹真紀子佐竹さんの絵画作品を間近で見ると、鑑賞者はすぐに、その特徴的な描かれ方に気づく。何層にも塗り重ねられた絵の具の層を掘り起こし、または削り出すようにして、対象物やイメージが表現されているのだ。この表現方法について佐竹さんは次のように話す。

訪れた土地で見た色や現地の人の語りから感じた色を、1色ずつ、画面一面に塗り重ねていきます。咲いていた花の色だったり、出会った人の服の色だったり。そのあとで、彫刻刀やカッターで絵の具の層をめくって中に埋まっているものを掘り出していくような感じです。その作業をしていると、現地で自分が見たものや受け取ったイメージが浮かんでくるんです」

鑑賞者が何かを思い起こしてくれたら

佐竹真紀子今回のVoyageの展示では、佐竹さんが各地で聞いた話をもとにした文章も会場に配置されている。

「絵や文章を見た人が、何かを思い起こしてくれたらいいなと思います。その『何か』は、私が作品の着想を得たその場所や人のことであってもいいし、見た人自身にとって大事な場所や人であってもいい。私の作品がそういうきっかけになれたらうれしいですね」

text&photo:加藤貴伸  取材日:2021年7月29日

プロフィール

佐竹真紀子
  • 佐竹真紀子(美術作家)
  • 美術作家。1991年宮城県出身、利府町在住。2016年武蔵野美術大学大学院造形研究科美術専攻油絵コース修了。一般社団法人NOOKとしても活動中。
  • 【個展】
  • 2014年「記憶する皮膚」(ギャルリー東京ユマニテ/東京)
  • 2016年「対岸に相槌」(SARP 仙台アーティストランプレイス/宮城)
  • 2020年「波残りの辿り」(東北リサーチとアートセンターTRAC/宮城)
  • 【主なグループ展】
  • 2017年「VOCA展 現代美術の展望─新しい平面の作家たち」(上野の森美術館/東京)
  • 2021年「3.11とアーティスト:10年目の想像」(水戸芸術館現代美術ギャラリー/茨城)