ハタユキコ

2017年夏、塩竈市杉村惇美術館の若手アーティスト支援プログラム「Voyage」で、鑑賞者の脳裏に焼きつくような印象的な作品群が展示された。現代社会の暗部を鮮やかな色彩と刺激的な筆致で描くのは、作家のハタユキコさん。今回の企画に向け、塩竈での展示を意識した新作も生まれた。

聖俗入り交じる文化に惹かれた

ハタユキコハタさんは今回の企画が決まってから、塩竈をテーマにした作品を描くため、塩竈の歴史や文化、町の様子などを調べた。

今までは鹽竈神社しか知らなかったから、塩竈という町にはなんとなく厳格なイメージを持っていたのですが、江戸時代には神社の周囲に遊郭があったと知って驚きました。『聖』と『俗』が共存しながら栄えてきた町なのだと感じ、興味が深まりました」とハタさんは話す。

塩竈の民話の中にたびたび登場して人々を化かすキツネや、老婆に義太夫節を聞かせる三毛猫の物語、遊女たちの信仰を集めていたという稲荷神社の存在など、塩竈にまつわる「おもしろいこと」がハタさんの中に集約されていき、それらは江戸時代に流行した「おもちゃ絵(※)」の手法と出会って『キツネの遊女屋』という作品となった。

鮮やかに彩られた画面上に過去と現在が交差し、現実と虚構がない交ぜになる。その作風はハタさんの他の作品と共通しているが、塩竈桜や御座船など現在の塩竈の人にとって親しみやすい素材を描きこんだ『キツネの遊女屋』は、素材の選び方という点ではハタさんの作品の中では例外的な一枚だ。

社会の中で感じる不安を明るく描く

ハタユキコハタさんの作品は、ハタさん自身が不安を感じた社会問題や話題を切り取り、それらを挑発的とも言えるほど大胆に再編集したものが多い。

世の中のニュースに触れて、自分の中に共感や不安が生まれたときに、その感覚を形にしています。それによって、人々が感じている葛藤とか生きづらさを表現できればと。風刺という客観的な側面ももちろんあるのですが、描く際には自分の主観が強く入り込んでいますね」

10代の頃は、見聞きしたニュースから感じた印象のまま、暗い色調の絵で表現していた

暗い題材を描いた暗い絵は、誰も見たくないんですよね。それに気づいてからは、誰もが知っているような素材を画面上に配し、極端に明るく描くようにしました。すると、絵の前で人が足を止めてくれるようになりました」深刻なテーマでも、見る人がつい笑ってしまうようなユーモアを交えて描く。いかにして絵を見てもらうかが常にハタさんの念頭にある

「見てもらえなかったら何の意味もありません。独りよがりになるのが一番怖いんです。だから今回の展覧会で私の絵を見た人が、ご自身の記憶と重ね合わせて感想を話してくれたり、絵をもとに想像を膨らませてくれたりしているのがうれしいですね」

今後も時代の流れの中で描いていきたい

ハタユキコ今、この瞬間に生きているからこそ描ける絵を描いて、同時代を生きる人に見てほしい」とハタさん自身が言うように、ハタさんの作品は即時的であることに大きな意義がある。

「世界ではいろいろなことが起こっていて、でもそれと同時に自分の日常は過ぎていく。それはどうしようもない現実です。そういう現実を自分なりに表現していけたらと思います。見た人がそれぞれ自由に解釈できるような作品ができればいいですね」

特定の地域をテーマにして、その土地の人々に喜んでほしいとの思いで取り組んだ作品は『キツネの遊女屋』が初めてだったというハタさん。この経験はハタさんの今後の創作活動に新たな幅をもたらした。

今回、調査のために塩竈を歩き、塩竈桜の美しさが心に残りました。絵の中に桜を描くことが好きなので、今後は塩竈桜も登場させたい。それに、キツネと遊女が結びついたのも塩竈だからこそ。この組み合わせが気に入っているので、続編も描いてみたいですね」

※浮世絵のジャンルの一つ。ここではその中でも動物を擬人化して職業を紹介するような表現様式を指している。

text:加藤貴伸 photo:佐藤紘一郎 取材日:2017年8月11日

プロフィール

ハタユキコ
  • ハタユキコ
  • 1988年宮城県仙台市出身。2014年東北芸術工科大学大学院芸術工学研究科修士課程修了。現在は仙台市の自宅アトリエで制作活動を行う。
  • 【個展】擬態する絵画(2014年、GALLERY b.TOKYO/東京)ほか
  • 【グループ展】東北画は可能か?-地方之国現代美術展-
        (2015年、T-Art Gallery/東京)ほか
  • 【受賞】TERRADA ART AWARD 2015入選
        (2015年、T-Art Gallery/東京)ほか
  • 【プロジェクト】ひじおりの灯(2012年、山形県大蔵村肘折温泉)