山内光枝

山内光枝さんと塩竈との出会いは2010年の8月。柴田郡在住の友人を訪ねた折、塩竈のお寿司を食す機会があり、新鮮な素材の旨味が丁寧ににぎられたおいしさが、鮮明に記憶に残った。以来、その記憶が山内さんの頭の中に、塩竈のイメージとして植えつけられた。

真の海を理解するためには、現地を訪れなくてはダメだと思った

山内光枝初めての訪問から約半年後、鮮烈な思い出のある塩竈の街に津波が押し寄せた。山内さんはちょうど、素潜り漁を営む海女さんを中心に、海に生きる人々の暮らしに注目し、リサーチをし始めていた頃だった。

「繰り返し流れる津波の映像にただ圧倒され、私の “海への思い入れ”がとても安易でかつ脆いものだったんだと感じました。しかし、海は自分そのものだから、離れては生きられないと、毎朝浜に通っているという被災地の漁師さん達の存在を知ったとき、とにかく東北へ行き、自分の眼で海を見て、感じなければダメだ、と思ったんです。そして、願わくば、そこで生きてきた人々の言葉に直接触れたいと・・・」

いくつもの偶然が私の背中を押してくれた

山内光枝そんな漠然とした想いだけを胸に抱えながら時は過ぎ、宮城へ行くことができたのが2012年の2月。桂島の新米牡蠣漁師さんと北九州の海女さんの交流の話しを聞き、知らない土地を訪れる入り口を模索していた山内さんは、それに背中を押されるように塩竈を訪れた。

「島へ渡る前に立ち寄った塩竈神社で、偶然にも平間至さんと田中泯さんの場踊りの撮影現場に居合わせたんです。この巡り合わせが最後の一押しでした。」その後桂島へ渡った山内さん。「渡ったはいいものの、寒風吹き荒れる通りに人影はなく、気持ちだけが空回りしたように時間が過ぎていきました。

そして塩竈に戻る最終便の船の時刻が押し迫ったとき、島の人に、思い切って声をかけ、あの新米漁師さんにノウハウを教えている“師匠”の漁師さんを紹介してもらうことができました。私は走って会いに行きました。突然押し掛けた上、残された数十分で夢中で話す自己紹介を聞き入れてくれ、改めて次の日島に戻り、師匠にお話を伺えることになったのです」

「来てくれるだけでうれしいんだ」その温かな言葉に励まされた。

山内光枝翌日、浦戸の海を目の前に望み、採りたての牡蠣を海水の風味のままでいただきながら、師匠と山内さんはいろんな話をした。「多様な生き物が共存する森のような牡蠣礁のこと、長い養殖の歴史、前年のチリ地震津波と二年続けて牡蠣の筏が流されたこと、それでも続ける仕事への想い、自分の子どものような牡蠣を育ててくれる浦戸の海の恵への想い、震災時一人も犠牲者の出なかった桂島のことなど、いろんな話をしてくださいました。

また漁船で漁場へ行き、潮の流れや風を感じながら『観天望気』や絶え間ない変化を伴う海での仕事のことを教わりました。未だ自分の知らない世界が垣間見えたような、かけがえのない体験でした。滞在中師匠は何度も、『現場に来て体験することが何より大事』『こうして島に来てくれることが一番うれしいんだ』と言ってくれました。これから機会があれば何度も島を訪れようと密かに心に決め、島を後にしました」

海と暮らす、海と生きる人たちそして、海からもたらされたアート

山内光枝その後、山内さんは、主に桂島での体験を通して湧き出たアイデアをもとに、塩竈の藻塩や塩竈湾で汲んだ海水を素材に作品を制作。『ごつごつとしたたくさんのものたち』というタイトルをつけたのは、師匠が牡蠣のことをこう呼んでいたからなのだそうだ。

「その後も、牡蠣を注文したり、展示の写真と手紙を送ったりしながら交流を続け、そのたびにいつも、『忘れないでいてくれてありがとう』と、桂島の猫たちや夕陽の写メを現地直送で送ってくれました」

山内さんは2013年の年明けに、牡蠣の水揚げ時期、気候が厳しい時期に、少しでもお手伝いできればと、再び塩竈そして桂島を訪れた。「前回、ダメ出しされた格好(笑)も作業用に整えたんです。夏の海水温度の上昇が原因で今年も多くの牡蠣が死滅してしまったという状況のなか、黙々と水仕事をする漁師さんたちの姿に、厳しい大自然と日々向き合い、その恵によって生かされているという意識、姿勢を強く感じました。」ひとつの牡蠣が立派に育ち出荷されるまでに注がれる時間と労働と愛情。海風が吹き抜ける度に山内さんは身をもって感じた。

これからも、塩竈・桂島を自分のペースで訪れたい。

山内光枝これまでの二度の滞在は、どちらも冬期。その他の季節にも訪れてみたい、と山内さん。さらに、これからも自分のペースで塩竈そして桂島と触れ合っていくつもりだという。「人や生き物たちとの出会いを、焦らず丁寧に温めていきたい。私は今回の滞在で、勝手ながら塩竈に少しだけ近づけたような気がしています。また、ぜひともお邪魔させてください」。

Text:落合次郎 Photo:山内光枝 取材日:2013年1月26日

プロフィール

山内光枝
  • 山内光枝 (やまうち てるえ)
  • 1982年福岡県生まれ。2006年ロンドン大学ゴールドスミスカレッジ BA ファインアート卒業。2007年に帰国後、国内外で精力的に制作、発表している。近年は、潜水漁をいとなむ女性など、海を生業の現場とする人々に注目。繰り返し現場を訪れ、出会いや体験から生まれる表現を発表している。
  • 山内光枝サイト:http://terueyamauchi.blogspot.jp/