田中望

2018年夏、塩竈市杉村惇美術館の白い展示室に30艘の「黒船」が押し寄せた。同館の若手アーティスト支援プログラム「Voyage」で印象的な展示空間を作り上げたのは、仙台在住の画家、田中望さんだ。

展示会場を埋め尽くす「黒船」

田中望 今回の展示は、田中さんが2015年に横浜で開催した個展『潮つ路(しおつち)』、およびその2年後に『潮つ路』に新たな作品を加えてやはり横浜で展示した『黒船の神話』がベースになっている。

2015年の『潮つ路』のテーマは、「文化の港としての美術館に東北から黒船が来航し、文化的な衝撃をもたらす」というもの。このとき描いた一艘一艘の船は、それぞれ東北各地の文化を象徴する「何か」を載せ、美術館という港に来航した。

2017年の『黒船の神話』では、ペリーが率いた「黒船」を思わせる蒸気船の船上に日本神話の国づくりの神々などを描き、『潮つ路』の船団に対峙させた。田中さんの意識には「日本列島に存在してきた無数の国々を、権力と結びついた神々が『国家/日本』という統一像にまとめあげていく」という物語があったという。

そして今回の展示「しおつち -カミと神が交わる場所-」は、横浜での2度の展示の内容を再編成したもの。船が描かれた30枚ほどの絵画を展示会場いっぱいに配したインスタレーション(※)作品だ。

人が暮らす「場所」から芸術が生まれる

田中望田中さんは自身の創作活動の軸として「場所の芸術」という考え方を重視している。田中さんは「場所」という言葉についてこう話す。

「ある土地に人が何かの手を加え、いろいろな関わりができていく。それが、『場所』が作られていくということだと思います。それは都市であっても地方であっても同じです」そして田中さんは、そのような「場所」から芸術が生まれると考える。だからこそ、作品を作る時には必ず対象となる「場所」を訪れ、その「場所」の歴史を調べ、その「場所」の人の話を聞く。

「自分がその場所と関わりをもち、その中で考えたことを作品という形で表現する。それが自分のスタイルだと思います」

塩竈を歩き、次の作品づくりを模索

田中望今回の展示の中に、塩を山盛りに積んだ船の絵があり、船上には「奉納 奥州一宮御祭禮」の幟(のぼり)が掲げられている。モチーフは鹽竈神社と塩づくり。2015年の展示の際に、東北の文化を象徴する題材の一つとして描いたものだ。

そして今回の「Voyage」は、田中さんが再び塩竈に興味を持つきっかけとなった。展示が決まった2018年4月以降、田中さんは何度も塩竈を訪れ、神社周辺や浦戸諸島を歩いたり、塩づくりの現場を体験したりして塩竈の空気に触れた。
「塩竈を歩き、いろいろな人の話を聞くうちに、東北を考える上でのこの地の重要性を感じるようになりました」

田中さんは塩釜で取材したこと、そこで感じたことをエッセイとして記述し、撮影した写真と合わせて「Voyage」の会場に展示している。もちろんこれは次の作品づくりに向けた準備だ。

「展示期間中も、見に来てくれた方に塩竈のことを教えていただきたいと思っています。塩竈で考えたことを作品にして、いずれ、それを塩竈で展示する機会があればいいですね」

※インスタレーション…特定の空間に立体物や絵などを配し、空間全体をひとつの作品として完成させる表現方法。

text:加藤貴伸 photo:大江玲司 取材日:2018年7月31日

プロフィール

田中望
  • 田中望(画家)
  • 1989年宮城県仙台市生まれ、仙台市在住。
    2017年東北芸術工科大学大学院芸術工学研究科芸術工学専攻博士後期課程修了。現在はせんだいメディアテーク企画活動支援室に勤務する傍ら、作家活動を続けている。
  • 【個展】
  • 2015年「田中望展 潮つ路」(横浜美術館アートギャラリー1・Cafe 小倉山/神奈川)
    2017年「田中望展 場所と徴候」(アートフロントギャラリー/東京)他
  • 【グループ展】
  • 2014年「VOCA展2014」 (上野の森美術館/東京)、2016年「CAF ART AWARD Selected Group Exhibition」(HOTEL ANTEROOM KYOTO|GALLERY9.5/京都)、「KAAT EXHIBITION 2017 詩情の森 かたり(語り/騙り)の空間」(神奈川芸術劇場/横浜)、2017年「いのちの交歓 −残酷なロマンティスム−」(國學院大學博物館/東京)他