2019年夏、塩竈市杉村惇美術館が主催する若手アーティスト支援プログラムVoyage（＊1）で、クジラの骨をテーマにした作品群が展示されている。展示作家は、人と自然の関わりに着目して表現活動を続ける是恒さくらさんだ。
文章と刺繍で、人とクジラの関わりを描く
宮城県の牡鹿半島や唐桑半島、和歌山県の太地町、北海道の網走市、アラスカ州のポイントホープ。是恒さんは、クジラと関わりの深い土地を訪ね歩き、そこで得た情報や感覚にもとづく表現活動を続けている。代表的な作品である書籍「ありふれたくじら」は、是恒さんが各地で聞いたクジラにまつわる話をまとめた短編集だ（＊2）。取材を経て自身の中に生まれたイメージを刺繍（ししゅう）で表現し、本の挿絵にしている。
是恒さんは刺繍という表現方法についてこう話す。
「表側からは文字に見えても、裏側から見ると絵や模様のように見えたりする。同じものでも、見る角度、立場によって全然違って見えるという点で、クジラという存在と共通するものがあると思います」
クジラは世界の海を回遊する。世界各地の海辺の人々は、それぞれの文化を背景にクジラとの関係性を築く。クジラはある土地では食糧になり、ある土地では信仰の対象になり、ある土地では環境保護運動の象徴になる。そんなクジラという存在を通し、是恒さんは、自然と人間の関わり方の多様さを確かめ続ける。そしてその多様さは、是恒さんの作品上で、やはりクジラを介してひとつに結びつく。
クジラの骨の物語を作品に
2019年夏、是恒さんはVoyageの展示内容を、クジラの「骨」を軸として構成した。中心になる作品は、新たに編んだ小冊子「鯨骨生物群集（＊3）」。クジラの骨にまつわるいくつかのエピソードが織りなす、ひとつの物語だ。
そして展示室の壁や天井や床や窓には、大木囲貝塚（七ヶ浜町）から出土したクジラの骨に残る縄文人の暮らしの痕跡や、アラスカ州ポイントホープでクジラ猟師の墓標に使われたあごの骨などの話が、さまざまな形態の作品となって配置されている。
「各地に点在するクジラの物語を踏まえて目の前の風景を見ると、いつもと違って見えるんじゃないか。展示を通してそういうことができたらな、と思いながらこの空間を作りました」
塩竈での展示を機に生まれたもの
是恒さんは塩竈での展示にあたり、クジラに関連する情報を求めて塩竈市内や松島湾周辺を歩いた。なかでも大きなヒントになったのが、鹽竈神社博物館の玄関脇にあるクジラの頭骨をめぐる、とある父子のやりとりだ。得体の知れない巨大な物体を見た子が父に「これなあに」と問う光景は、小冊子「鯨骨生物群集」の中に何度か登場するとともに、刺繍作品「いきもののなごり」となって、今回の展示の象徴的な役割を果たしている。
そして、今回の展示に際して得た体験は、是恒さんの今後の活動に新たな視点をもたらした。
「松島湾域には貝塚や遺跡が多い。これからもっとこの地域を歩いて、縄文時代の技術や暮らしの痕跡を感じ、それを題材に表現活動をしていきたいです」
＊1：2019年の「voyage」は、是恒さんと写真家・阿部明子さんによる２人展。「閾（いき）を編む」と題し、7月6日から8月25日まで開催。
＊2：2016年のvol.1以降不定期で発行。2018年に発行したvol.5が最新（2019年7月現在）。
＊3：鯨骨生物群集とはもともと、海底に沈んだクジラの死骸を中心に形成される生態系のこと。
text：加藤貴伸 photo：大江玲司 取材日：2019年7月13日
プロフィール
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- 是恒さくら（美術家）
- 1986年広島県呉市生まれ、仙台市在住。2010年アラスカ州立大学フェアバンクス校卒業。2017年東北芸術工科大学大学院 修士課程地域デザイン研究領域修了（優秀賞）。2018年より東北大学東北アジア研究センター学術研究員。アラスカや東北各地の捕鯨、漁労文化についてフィールドワークと採話を行い、リトルプレスや刺繍、造形作品として発表し続けている。
- 【個展】
- 2018年「N.E.blood 21: Vol.67 是恒さくら展」（リアス・アーク美術館／気仙沼）
- 2018年「ほつれを・まつる ～リトルプレス『ありふれたくじら』2016-2018～」（Cyg art gallery／岩手）ほか
- 【グループ展】
- 2017年「新・今日の作家展2017 キオクのかたち／キロクのかたち」（横浜市民ギャラリー／神奈川）
- 2018年「みちのおくの芸術祭 山形ビエンナーレ2018」企画展「現代山形考」（東北芸術工科大学／山形）ほか
- 【受賞】
- 2012年「第64回広島県美術展」 奨励賞
- 2013年「京都府美術工芸新鋭展 2013京都美術ビエンナーレ」 入選
- 【ホームページ】
- https://www.sakurakoretsune.com/
