阿部明子

2019年夏、塩竈市杉村惇美術館が主催する若手アーティスト支援プログラムVoyage(*1)で、見る者に不思議な印象を与える写真作品が展示されている。展示作家は、写真表現の新たな形を模索し続ける阿部明子さんだ。

写真を重ね合わせる表現方法

阿部明子桜が咲く公園で顔から転ぶ赤ちゃん。そんな1枚の画面に目を引きつけられた鑑賞者はしかし次の瞬間から、強い違和感を覚えはじめる。写真を見れば見るほど、本来なら同じ場所にあるはずのない要素が見えてきて、何を写したものなのかわからなくなるのだ。その違和感の理由は、この作品が2枚の写真を合成してプリントされたものであるということ。阿部さんの表現の最大の特徴だ。

「2枚の写真を編むように重ね合わせることで、もとの1枚1枚の写真が持っていた意味から解放される一方で、もとの写真だけでは見えにくかったものが見えてきたり、まったく別の意味合いが浮かび上がってきたりする。作品を見た人がどう意味づけをするのか、なぜそのように意味づけをしてしまうのか、ということに私は興味があります。そこにはきっと、見た人の記憶や経験が反映されているはずだと思うのです」と、阿部さんは写真を重ねる意図について話す。

また、作品を見た人が本能的に覚える違和感そのものも、阿部さんの表現のねらいのひとつだ。
「地面がズレていたり、同じ場所にあるはずのないものが重なっていたりすることで生まれる変な空間の雰囲気が単純に面白いと思います」

「和算」の視点を取り入れた展示に

阿部明子今回のVoyageの展示に際し、阿部さんは作品に「和算」の視点を取り入れた。和算は日本独自に発展した数学のスタイル。阿部さんは和算研究家である佐藤健一さんに作品を見せ、作品タイトルを提案してもらった。たとえば冒頭の作品には、股の間から木を見上げることでその高さを測る和算の手法にちなんで「木の高さをはかるこども」というタイトルがついた(*2)。

和算の視点からタイトルをつけたことで作品がさらに重層的になったと思っています。だから、ぜひタイトルも含めた作品として見てほしい。タイトルに誘導されて写真をみる面白さがあると思います」と阿部さんは今回の展示内容について話す。
和算は問題と答えがあって、答えに行き着くプロセスが自由であることが面白い。私の作品も、見た人が自由に意味付けて楽しんでほしいですね

父の導きで和算に出会った

阿部明子阿部さんが作品に和算の要素を取り入れるようになったのは、数学の教師だった父の死がきっかけだった。2016年12月の葬儀の際に、生前の父が鹽竈神社に数学の問題を奉納していたことを聞いた。驚いた阿部さんはその後、鹽竈神社と数学の関連について調べ、神社に奉納されている「算額(*3)」の存在を知った。

鹽竈神社で算額に出会って、和算について学ぶにつれ、自分の作品にその要素を重ね合わせることができるのではないかと思うようになりました
その後阿部さんが鹽竈神社のある塩竈で作品を展示したいと考え、折しも今回から公募制になったVoyageに応募したのは、自然な流れだった。

今回の展示を通して自身の表現技法と和算の相性の良さを感じたという阿部さん(*4)。今後も和算の視点を取り込んだ制作活動をしていきたいと話す。

今回、和算について学び、作品化する経験を経たことで、私自身の感覚が変化して、今後の撮影や重ね合わせの作業にも影響してくると思うんです。そんな感覚の変化に身を任せることで、さらに思ってもみないことが起こるのが楽しみです」

*1:2019年の「Voyage」は、阿部さんと美術家・是恒さくらさんによる2人展。「閾(いき)を編む」と題し、7月6日から8月25日まで開催。
*2:このタイトルの元になっているのは、地面の高さから45度の角度で木の先端を見上げると、自分と木の距離が木の高さになるという和算の考え方。ちなみに、今回の展示で阿部さんは、佐藤さんの協力のもと、同一画面に2種類のタイトルをつけている。「木の高さをはかるこども」の別タイトルは「こどもが目付けた桜」。
*3:和算の問題と解法が記された絵馬。
*4:この点について阿部さんは「和算に限らず、数学にはあらゆる方向から物事を抽象化して見るという側面がある。その多次元性と、写真を重ね合わせる私の手法は親和性が高いと感じています。また、今回特に和算にこだわった理由のひとつは、和算が江戸の平和な時代に純粋な娯楽として成熟した学問だったということ。私は、意識的に残さないと消えてしまうような暮らしの中の豊かさを作品にしたいと考えているので、生活の中で楽しまれながらその後の近代化の中で消えてしまった和算という文化にその思いを投影させている部分もあります」と説明している。

text:加藤貴伸 photo:大江玲司 取材日:2019年8月4日

プロフィール

阿部明子
  • 阿部明子(写真家)
  • 1984年宮城県美里町(旧小牛田町)生まれ、東京都在住。2007年東北芸術工科大学 デザイン工学部情報デザイン学科 映像コース(現映像学科)卒業。シェアハウスなど、自身が生活を送る場所の特性やその生活の中で繰り返し見つづけることになる風景を主題に、多重露光で複数の写真のレイヤーを重ねた作品をはじめ、写真の新しい表現方法を模索しながら制作。ものや風景、他者との境界を探り、多角的な視点を取り入れながら、写真表現の可能性を追求している。
  • 【個展】
  • 2017年湊雅博プロデュース「事象」展「レウムノビレ」(MUSEE F/東京)
  • 2017年仙台写真月間「温室の庭」(SARP仙台アーティストランプレイス)ほか
  • 【グループ展】
  • 2012年「トーキョーワンダーウォール公募2012」(東京都現代美術館)
  • 2015年「リフレクション展」(表参道画廊+MUSEE F/東京)ほか
  • 【受賞】
  • 2018年「平成29年度宮城県芸術選奨」新人賞
  • 【ホームページ】
  • http://abeakiko.com/