矢部亨

3月11日は、研修で東京に行っていたという矢部さん。その翌日、飛行機と陸路を経て塩竈に戻り、塩竈に入ったのは13日の早朝だったそうです。お店も天井まで津波が押し寄せ、日本茶の用具や備品なども全てダメに。現在も開店できない状況にありますが、地元や沿岸地域の支援活動を行いながら、塩竈の街の復興についての新たな取り組みを行なっている矢部さんにお話をお伺いしました。

働くことで「自ら生きる」という気持ちをもってほしい。

矢部亨震災によって失われたものは計り知れない。しかし、あの瞬間から4ヶ月以上たった今、これから立ち上がろうとしている街には足りないものがある。それは雇用と仕事の喪失。祖父の代から、塩竈本町でお茶屋を営む矢部園の三代目。矢部亨さんは、これからの塩竈の復興を目指し、ある事業を立ち上げました。

「震災から2ヶ月たった頃でしょうか、物資や支援はまずまず充足していますが、被災地の声を聞くと、個人に渡された支援金は沢山あります。しかし、この国を支えている中小の零細企業に対しての支援策というのはなにひとつありません。個人に渡された20~30万の支援金は確かにありがたいですが、それはいずれなくなってしまいます。問題なのは、雇用と仕事の喪失なのです。仕事がないから希望が見えないし、仕事がないから家族が養えない、子供を学校へ行かすことができない。それらをクリアするために二十債務を敷くわけにもいきませんからね。

そこで、クレーン車の運転免許を安価で取得させて、それを運転してもらいながら瓦礫の撤去などの日雇いをしていくような、日々の雇用でお金の獲得することについては不可能ではありません。それに対しての国の制度であるトライアルプランと言うものを利用できます。その事を考えた時、どこかの会社を使って何かをするのではなく、別に災害支援の為の株式会社を作ろうじゃないかと思ったわけです。それはNPO法人であったり、ボランティア団体ではなくて、しっかりと利益を創出するための組織でなくてはいけません。全国の有志の賛助のもと「株式会社東北クリエイト」という災害支援の為の会社を設立した経緯に至りました。

リスクに怯えずに、希望の見える未来のために。

株式会社東北クリエイト」は、不動産販売から飲食業、警備業、人材派遣業、収集運搬、行政書士など、様々な人が関われるように会社になっています。これから復興支援を行なっていく上で、ありとあらゆる仕事の形態がチャンスとして出てきた時に、余す事なく拾う事が出来る会社にしたいという思いがそこにあります。「けっして、事業を拡大するという目的ではなく、この会社を利用して災害で困っている人達がより希望の持てる未来を作り出したいという気持ちが根本にあります。もちろん、さまざまなリスクも抱えてはいますが、それに怯えていては本当の復興支援は出来ませんからね」。

震災の不可抗力によって生まれた「瓦礫」は、そこで生活していた人達の生活の一部、もっといえば、その地域の財産であるべきもの。ある業者の方が言うには、「金属は全てお金になる。あの一山で幾らだよ」と言う人もいます。「地元の財産であるはずのものが、他地域の業者に利益をもたらすことはあってはならない。地元の収集業、運送業、そういう方々が地元の雇用を創出しながら、地元の生活基盤であった瓦礫を撤去していく作業をしっかり推進していくことこそ今やるべきことなのではないかと思っています。」

愛する塩竈だからこそ、復興にかける思いを子供たちに受け継いでいきたい。

矢部亨一千年後、同じ津波が来たら間違いなく、塩竈にはまた津波が来るかもしれない。それは地域的に仕方のないことだと思います。しかし、大切にしなくてはいけない事は、この町がなぜ水産業、水産加工業で第一線を極めてきていたかを紐解くことだと矢部さんは話します

「私の会社は、元々は祖父が静岡からこの塩竈に移り住み、右も左も分からないこの場所で、草鞋のぬぎ場といって軒下をお借りして商いを始めたところから始まりました。そして、私の父親、叔父叔母もこの土地で育ち、その時の近所の方にも大変お世話になりました。近年、シャッター通りと言われながら、その場所で続けていられることが、そういう時間の積み上げのお陰であるならば、先代が操業したこの場所で、しっかりと光をもう一度灯す事で皆さんへの感謝の気持ちをきちんと伝えなくてはいけないと感じています。」

30年後、40年後、50年後の、我々を先祖と呼べるような世代の人達に、「先代のおじさんたち頑張ったなぁ」「こういう括りを作ってくれ生かされたのだから、我々も我々なりの形を作ろう」と思ってもらいたい。その基盤になるような動きを、今私たちがしなければいけないと矢部さんは言います。

「復興に向かう私たちの背中を、この地域の子供たちが見ていると思います。その子供たちが大人になった時に、そしてその次の世代にきっとその事を伝えていくと思います。そこをないがしろにしては、本当の復興とはいえないと思います。儲ける事が復興ではなくて、先人に感謝しながら、何が商店街にとって大事なのか、もう一回地域の人達にしっかりと伝えていく事が大切です。そのために私たちは商いを通して生き方を伝えなくてはいけませんし、色んな物事に誇りを持って、だからこの場所にしっかり明かりを灯し、その明かりを見て「俺も、私もやってみようか」と思う人がポツポツと出てきてくれればうれしいですね」

text:落合次郎 photo:大江玲司 取材日:2011年6月29日

いち早く再開をはたした矢部園茶舗

  • 矢部園茶舗
    矢部園茶舗は2011年7月31日に再開
  • 矢部園茶舗
    店内には店主こだわりの急須・茶器が豊富に取り揃えられている
  • 矢部園茶舗
    豊かな品揃えの店内では煎れたてのお茶をお楽しみ頂けます

プロフィール

矢部亨
  • 矢部 亨(やべ とおる)
  • 株式会社 矢部園茶舗 代表取締役社長
  • 1968年生まれ。塩釜市立第三小学校卒業。その後、東北学院中・高を経て、東北学院大学経済学部へ進学。大学卒業後はイトーヨーカドーに就職。そして、平成7年より株式会社矢部園茶舗に入社。現在は同社代表に就任し、美味しいお茶とその文化を地域に伝えている。お茶に関する資格試験「茶匠」取得。
  • 〒985-0002 宮城県塩釜市海岸通り2-3
  • TEL:022-364-1515 FAX:022-365-0636