塩竈自体が、昔から水害の多い街。亡くなられた方もほかの市町村に比べれば少ない。言ってみれば日ごろの心構えが市民の心に根付いていたのかもしれない、と今野さんは振り返ってくれた。
ただ事ではない揺れに大きな津波がくると直感した
地震の瞬間、今野武雄さんは西塩釜周辺にいた。仙台のお客さんを訪ねる途中だった。尋常じゃない揺れに『ただごとではない』と感じた今野さんは、踵を返して自分の店に戻った。「帰り道は信号が全て止まっていました。矢部園さんなどが『津波が来るぞー』と叫びながら商品を２階にあげていたのを見て、急いで店に戻り、商品や書類を２階に上げたりしました」
店のあった海岸通りは、昔から水害と戦ってきた街。チリ津波や台風などでも幾度浸水してきた土地だという。「私は慣れっこになっちゃってるんですよね。だから、少しは冷静に判断できたと思います。店をさっと30分くらいで片づけて、シャッターを閉めて、北浜の高台にある自宅へ避難しました。でも車は下に置いていったので、3台くらいはやられちゃったけどね。津波を階段から見てたのですが、ほんとに波が音を立てて、車をどんどん押し流していくんです。いやぁこれは大変なことになったな～という思いでしたね」
普段からのご近所とのコミュニケーションが災害時には役に立つ
今野さんは、西村マンションを中心に北浜の方々に１日２回の炊き出しを行なった。テントは鹽竈神社に借り、それぞれの家庭からいろんな食料を持ち寄り住民同士が助け合った。「お年寄りの方々はだいぶ助かったでしょうね。なにしろ寒かったですからね。たまたまどこかの家にあった湯たんぽを一人暮らしのお年寄りの家に持っていった時も喜ばれましたね。電気も長い間停っていたしね。だから、そういう近所付き合いも本当に大事にしたほうがいいと改めて感じました。
東京の人は、特にマンションに住んでいる人などは、となりの住人の顔すらも見たことないという話をよく聞きますが、こういう自体の時は非常に困るんじゃないですかね。もっと、ご近所のコミュニケーションを大切にしてほしいと思います」
仮設商店街で力を蓄え自分の店を再建したい
それから半年後、今野商店は塩釜港の仮設商店街で新たなスタートを切った。「お店のあった海岸通りは地盤沈下がひどく、1メートルくらいかさ上げしないと建物は建てられない。でも、一応は自分の土地なので、できれば元に戻りたいのですが、周辺のお店とも共通のコンセンサスを取らなければいけませんので、まだまだ時間がかかるでしょうね。合意形成が出来なければ別な土地を求めることも頭に入れておかなければなりません。現在の仮設住宅は2年が期限ということなので、ここで力を蓄えつつ出直しの一歩を踏み出したいですね」
仮設商店街は、やみ市や越ノ浦の魚屋さんが多く出店。みなさん長年の経験を積んだお店ばかりだ。この仮設商店街での新たな出会いや交流もいい刺激になっていると今野さんは話す。「オープン当初よりはお越しになるお客さんも増えましたね。若干みなさん、『店が狭い』と言ってるんですけどね。まぁ我慢することは我慢して、やって行きたいと思いますね。いまだにうちの同業者の中では、復帰できないでいる人もいるし、商売させてもらっているだけで、ありがたいと思わないとね」大変な1年でしたけど、こうやって商売が継続できるっていうね、ラッキーだなぁと思いますね。
様々な人に助けられた一年、今年は自分が恩返しをしていきたい
「ぼくらは仏事をしているのでね、震災から一周忌という方々からも仕事をいただくこともあったんです。1年なんてあっという間、短かかったですねぇ」
震災後、近所の人々や同業者、そしてボランティア人たちと多く関わったことも印象深いと今野さんは言います。「人と人とのつながりを、あらためて大切だと感じましたね。それで救われた部分が本当に多かった。県外からもたくさんボランティアの方々が来てくれて、店に残った泥とかを、スコップで全部片付けてもらいました。本当にボランティアの方々には感謝しています。だから、いろいろしてもらった分、今年はこちらからなにか出来たらいいな、と思いますね。自分の商売も大切なんだけれど、困っている人がいればみんなで助けあう。そういう気持ちが大切だと一番強く思いました」。
text：落合次郎 photo：大江玲司 取材日：2012年1月18日
プロフィール
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- 今野商店
- 今野商店は戦後から続く老舗の海苔店。武雄さんで3代目。武雄さんは、東北学院大学を卒業後、家業を継いだ。学生時代からのビートルズファン、塩竈がリバプールのようにしたいと夢を抱き続けている。
- 住所：宮城県塩竈市海岸通226番5号 海岸通仮設店舗 B-17
- 電話：022-362-1537 ／ FAX：022-362-0398
- 営業時間：9:00-17:00
- 定休日：日曜日
