
2026年夏、塩竈市杉村惇美術館の若手アーティスト支援プログラム「Voyage」に、鑑賞者に不思議な印象を与える版画作品が展示されている。この展示「あんせすた〜〜〜ず!!!」を制作したアーティストの松田ハルさんに話を聞いた。
海岸線で拾い集めた暮らしの痕跡
松田さんは「Voyage」に向けた制作を、故郷の陸前高田から展示会場の塩竈に至る海岸線のリサーチから開始した。
「塩竈と陸前高田の、海流を介したつながりを探りながら、自分がアートをやっていることの意味を考えてみようと思いました」と松田さん。浜を歩き、容器のかけらなど人の暮らしの痕跡を拾い集めた。そこには、削られて丸くなったガラス片や、まだ角が鋭い陶器片など、さまざまな年代の「石」が入り交じっていた。
収集を続ける中で「時間とモノが同じ海の中で混ざり合っている」と感じた松田さん。「石」を拾い集めるような感覚で、さまざまな土地の歴史、文化を収集するかのように制作した版画作品「Virtual Altar」は、今回の個展の中で最初に完成した作品だ。
先祖を仮想空間に集めて記念撮影
「石」の収集を機に土地に生きた先人たちに思いを馳せた松田さんは、自身の先祖が眠る墓の墓碑銘を調べた。
「明治初期ぐらいまでの戒名をたどり、この土地で漁業や農業を営みながら暮らしてきたであろう先祖たちの姿を想像した」と松田さん。仮想の先祖たちを地元の港に集合させて記念写真を撮る、というイメージで制作したのが、展示タイトルと同名の作品「あんせすた〜〜〜ず!!!」だ。
松田さんは「Virtual Altar」や「あんせすた〜〜〜ず!!!」において、まずデータ上で仮想空間を制作し、最後にシルクスクリーン(※1)によって平面化する、という手法を採った。
「あんせすた〜〜〜ず!!!」で松田さんが作った空間内には、AI(人工知能)などの技術を用いて創造した仮想の先祖たちのほかに、VR技術(※2)で描いた立体造形がいくつも配されている。「この場所に、人じゃないものがいてもおかしくない」と松田さん。空間内に過去から現在にかけての時間が混在することによる不調和をこれらの立体造形が増幅させ、さらにはシルクスクリーンというアナログ技術によって画面に欠けやかすれが生じることで、鑑賞者の想像に奥行きをもたらしている。
リサーチによって生じた自身の変化
展示室の西側の壁に並ぶ3点は、今回の展示作品の中で最後に作ったものだ。リサーチ中に訪れた大川小学校(※3)や気仙中学校(※4)で松田さんが撮った写真に、自身の分身や、その場所に存在するかもしれない何かが写り込んでいる。
「大川小学校では、そこで学び、震災で亡くなった子どもたちの存在を想像する余地があった」と松田さん。その体験が、当初の予定になかった3点の制作につながる転換点となった。
「現地調査の記録でもあるこの3作は、結果的に他の作品にリアリティを持たせ、展示全体をつなぎ合わせる役割を果たしてくれていると思う」
松田さんは最後に、今回の展示についてこう話した。
「悲しいテーマで制作しているわけではないので、見てくれる人が自分の記憶と重ね合わせたり、画面上の『変なもの』が何なのか想像したりしながら、楽しんでくれたらと思います」
※1:細い繊維を網目状に張ったものに絵柄を施して版とし、インクを透過させて紙や布などに写し出す版画技法。
※2:コンピューターで作り出した仮想空間を、専用のゴーグルなどを用いて現実であるかのように体験する技術。
※3:石巻市立大川小学校。2011年の東日本大震災の津波により、児童74人、教職員10人が犠牲になった。2026年8月現在、「石巻市震災遺構大川小学校」として保存されている。
※4:陸前高田市気仙町小渕にあった陸前高田市立気仙中学校の旧校舎。東日本大震災の津波は3階建て校舎の屋上まで到達した。震災当時小学6年だった松田さんは4月からこの校舎に通うはずであった。2026年8月現在「震災遺構気仙中学校」として保存されている。
Text & Photo:加藤貴伸 取材日:2026年8月8日
プロフィール

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- 松田ハル(まつだ はる/MATSUDA Hal)
- アーティスト。1998年岩手県出身。2021年筑波大学芸術専門学群美術専攻版画領域卒業。2023年京都芸術大学大学院グローバル・ゼミ修了。VRで描いた3Dオブジェクトを版画として定着させ、リアルとバーチャル、Alと人間といった境界を平面へと変換する。また、シルクスクリーン印刷や彫像へのドローイングによって、現実空間にイメージを表出する。進化する技術により拡張された想像力と、変わらない身体との乖離を見つめながら、複製メディアの歴史を遡る。
- https://www.instagram.com/hal_matsuda
