戦時下の広島・呉を舞台にしたアニメ映画『この世界の片隅に』(片渕須直監督、2016年公開)が大勢の観客の支持を集め、日本アカデミー賞最優秀アニメーション作品賞など数々の賞を受賞した。同作の企画を担当したのが、塩竈市出身のアニメプロデューサー、丸山正雄さんだ。
作り手の思いが名作を生む
2016年11月の公開以降、全国で200万人を超える観客を動員(2017年6月現在)しロングヒットとなった『この世界の片隅に』だが、作品の企画が動き出したのは2010年のこと。それから正式に制作が決定するまでに5年を要したという。
「戦争中でも、人々は食事をして、人を愛して、笑ったり泣いたりしながら生活していた。そんな日常を描きたいというのが片渕監督と僕の思いでした。でも泣ける映画じゃないからヒットしないだろうと言われて、制作資金が集まらなかった。プランはあるのに作り始められない状態が続きました」と、丸山さんは振り返る。
「制作にこぎつけたのは、監督の執念でした。戦時中の街を再現するため、彼は広島に調査に通い続け、当時のことを知る方に話を聞き続けた。その方たちが元気なうちに完成させなければ、という思いが強かったんでしょうね」そう話す丸山さんだが、その監督を支え続けたのは他ならぬ丸山さんだ。片渕監督は日本アカデミー賞の受賞に際してこんなコメントを出している。
「6年以上かけて作った映画です。途中であきらめようかと思った時に、丸山さんが、まだもうちょっと続けようよ、と言い続けてくれました」(日本アカデミー賞公式サイトより要約)
丸山さんと片渕監督の作品にかける思いが一致したからこそ、大勢の観客の心を捉える作品ができあがった。
アニメの世界に飛び込み、仲間と出会った
丸山さんは高校までの少年時代を塩竈で過ごした。
「子供の頃のことはあんまり記憶がないんです。何も考えないで生きてたから。どちらかというと人にくっついてばかりで、自分で考えて動く方ではなかったんですね」と塩竈時代の自身を評する丸山さんだが、旧友の目に映っていた姿は少し違う。
「彼はいつも仲間と一緒で、リーダーシップがありましたよ。企画・プロデュースという仕事をしていると聞いて、なるほどな、と思います」(高校時代の友人)
塩竈を離れて東京の大学を卒業し、自身の進路に迷いつつフリーターをしていた20代の頃、丸山さんは知人の紹介で手塚治虫のアニメ制作会社「虫プロダクション(通称・虫プロ)」に入社した。
「手塚さんは無茶苦茶な人でした。その時その時、自分が良いと思ったようにやろうとするから、昨日と今日で言うことが違う。だから指示を受ける側としては腹が立つこともあった。でもそうやって完成したものが、説得力があってものすごく面白いわけです」アニメの会社と知らずに入社したという丸山さんは、手塚の下で制作に没頭するようになった。
しかし数年後、虫プロは経営難に陥り倒産。丸山さんは虫プロでの戦友である出崎統、りんたろう、川尻善昭ら、その後の日本のアニメ文化を牽引することになる作り手たちとともにアニメーション制作会社「マッド・ハウス」を設立した。「その時のメンバーをはじめ、仲間に恵まれ続けたから、50年間作品を作ってこられた。ヒット作も生まれた。すごく良いものができたと自信を持てる作品も生まれた。僕はラッキーだったんです」
やるからには、面白いものを作りたい
丸山さんはマッド・ハウスの社長を退いたのち、2011年、アニメ制作会社「MAPPA」を立ち上げた。同社で『坂道のアポロン』(渡辺信一郎監督)などの企画に携わった丸山さんは『この世界の片隅に』の制作を最後に会社経営から離れ、新たに「スタジオM2」を設立。2016〜17年に池波正太郎の時代小説『鬼平犯科帳』のアニメ化作品『鬼平』を制作し、2017年6月現在も新たな企画の実現に向けて精力的に活動中だ。
「3、4年後に完成予定の映画を何本か企画し、作業を始めています。完成まで僕が生きているか分からないけど、僕がいなくなっても作品ができるという段階まではプランニングしたい。そして、やるんだったら、面白いものを作りたい。僕らは、思いだけで作品を作っているんです。だから生きている以上は何が何でも作り続けますよ。10年後だって作っているかもしれないし。それに、アニメーションの世界で50年やってこられたから、何かに貢献できることはやらなくちゃいけないな、とも思っているんです」
text:加藤貴伸 photo:佐藤紘一郎 取材日:2017年6月24日
プロフィール
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- 丸山 正雄(まるやま まさお)
- 1941年塩竈市生まれ。大学卒業後、虫プロダクション勤務を経てアニメーション制作会社「マッド・ハウス」を設立。その後も制作会社「MAPPA」、続いて「スタジオM2」を立ち上げ、アニメーションプロデューサーとして作品を作り続けている。企画・プロデュース作品はTVアニメ『花田少年史』『はじめの一歩』、映画『時をかける少女』『パーフェクトブルー』など多数。