吉田千恵

小さい頃から「食」に興味があったという吉田千恵さん。東京の大学で栄養学を学び、卒業後はベーカリー業界に就職。3年働いた後、本格的にパン作りを学びたいと一念発起し、現在は本塩釜駅前にあるヘルシーべーカリー「ロティエナ」でパン作りの仕事をしている。

栄養学を学びながら、陸上に打ち込む毎日

「もともと食べることが苦手で…。でもそのときにパンなら食べられた(笑)極端な話、それでパン屋さんっていいなあと思うようになったんです」
中学校、高校と陸上部に所属。常に健康や体づくりを考えながら過ごす部活動の中で、パン屋になりたいと考えるようになっていったそう。陸上で走りたいという思いと、パン屋になりたいという思いから、東京の農業大学へ進学。栄養学を学びながら、部活動に打ち込む日々が続く。卒業後は、ベーカリー企業に勤めたが、パン屋の現場で直接パン作りの技術を学びたいと感じるようになり、塩竈へ。地元の米粉専門のパン屋で働こうと思ったのは、その地方でとれる食材で何か作りたいという思いがあったから。

帰省そして震災、ボランティアを通じての出会い

吉田千恵「塩竈に戻った後は、阿部勘酒造の蔵を見学する企画や、料亭のオーナーが主催した料理教室などに積極的に参加しました。」現在のパン屋に勤めるようになってからも様々な活動に興じ、塩竈の人々との交流を深めている。震災時のボランティア活動の中でも、塩竈で生きる人々の温かみに触れ、中でも、あるおばあさんとの出会いが吉田さんに強い影響を与えた。「震災の後で、母の知り合いに吉津で畑を作っているおばあちゃんがいて、もともと野菜を作ることにも興味があったから、そこでなにかお手伝いをさせてほしいってお願いしたんです。料理することも好きだけど、地元の野菜を使うのだったら、作るところからみたいなあって思ったの。」

おばあさんと意気投合し、以来畑仕事を手伝うようになった。そして同時に畑の食材を使って味噌や煮物などの作り方を教わるようになった。今季は梅が穫れるので梅干や梅酒の作り方を教わるという。「そうゆう知識って、無駄にならないでしょ。生きることに対して前向きに考えさせてくれる。今は、そのおばあちゃんが先生みたいな感じかな。

将来は…

将来はデリバリーカフェを開くことが夢だそうだ。「やりたいことが多いけど、震災で実現が難しくなってしまったことが多い。でもまずはデリバリーカフェの店を開きたい!」ヴァンでサンドイッチを販売し、同時にカフェスペースも出して…と吉田さんの想像はふくらんでいく。

母の姿を見て「食」の道を志す

吉田千恵そもそも吉田さんが「食」に興味を持つようになったのは、栄養士として働くお母さんの背中を見つめてきたから。
「母が塩竈市の学校給食を作っていて、地産地消とか食育とか子どもたちの事をすごく考えていてね。そうゆう姿を見ていて、私も食べ物というか、食に関する仕事に就きたいなあって思ったの。」吉田さんは、お母さんの事を一番信頼できる親友のような存在だという。東京にいた時も、毎日電話をして話し合った。そのやりとりの中で、デリバリーカフェの夢とともに、いつかお母さんと飲食店を開きたいという夢も芽生えてきた。「お店を開くことは私にとって夢だけど、でも一人ではできないから、親子で何かしたいなあとも思う。私はパンが好きだからパンを焼いて、お母さんは料理を作って出してほしい。」

世代をこえた繋がり

千恵という名前は、沢山の人々に巡り合えるようにとお母さんがつけた名前。吉田さんはこれまでの人生を振り返ってみて、実に多くの人々に出会ってきたと語る。「私、塩竈に戻ってきて本当によかったと思う。戻った当時は同年代の友達しかいなかったんだけど、今では様々な世代の友達のほうが多いかもしれない。私は人に恵まれて本当にラッキーだった。」これまで出会ってきた人々、育ててくれた両親に対して、おいしいものが食べられるお店を開くこと、それが今の吉田さんの夢であり、そして恩返しの形だという。
吉田さんの「食」に対する探究心は尽きない。パン作りだけでなく、地元の野菜作りから加工品作りまで、夢実現のため、塩竈の地で幅広く取り組んでいる。

text:小野智香 photo:大江玲司 取材日:2011年7月19日